AN URBAN ARCHIVE OF TAMA NEW TOWN — THE EXPERIMENTAL CITY.

Born from Japan’s postwar growth, Tama New Town was an experiment in building a city from almost nothing. Since 2010, we have been quietly documenting its changing landscape and memories.

TAMA NEW TOWN ARCHIVE

どかん池

どかん池

聖ヶ丘緑地の中にあるどかん池
戦争が終わって残った火薬を処理していくため“どかん”という音が由来のどかん池。
行ったときには水はほとんどありませんでした。
聖ヶ丘緑地には大きな滑り台やブランコ、トイレもあるので
家族で楽しめる場所です。

どかん池

どかん池

どかん池

どかん池

火工廠に保有されていた大量の火薬は爆破処理され、その際には近隣の連光寺、馬引沢住民は避難し、家や田畑などにも被害が出ました。
この爆破によってできた大きな穴の一つが、今も残る「どかん池」として語り継がれています。
占領軍が1945年9月10日に火工廠に進駐、11月、正式に接収しました。火薬なども引き渡され、その火薬を占領軍は保管されていた第四工場のあたり(今の聖ヶ丘四丁目あたりという証言もあります)でそのまま爆破処理をすることにしました。近くの住民は立ちのき、その周辺でも処理中は避難する必要がありました、
丘の形がすっかり変わってしまうほどの爆発で、石の破片などが飛び散り、馬引沢など多くの家屋に被害が出ました。聖ヶ丘の「どかん池」は、この爆破処理でできた穴が池になったものだといわれています。
(第14回地域ふれあいフォーラムTAMAプレ企画「身近な戦争遺跡“多摩火工廠”を知っていますか?」から)

どかん池

どかん池

どかん池